昔ながらの味で世代を繋げる|豆まめ 丸山 則文

“たまたま”から始まった料理人人生

一番最初に飲食に携わったのは、高校時代にバイトを探していて、たまたま雑誌に載っていた近くの小さい洋食屋さんに応募したことです。
そのアルバイト先では、最初、厨房に入りましたが、チーフが良い人だったのと、小さい店という事もあり、何でもやらせてくれました。そこから「料理がおもしろいな。」と感じていきました。魚をさばくとか、色々やらせていただけたので、続けることが出来ましたが、下積みを何年もやってとなると飽きちゃったかもしれないですね、、、。(笑)

高校卒業してからもしばらくそのお店で働いていました。私は横浜出身ですが、家族が長野県でペンションをやる予定がありました。ですが、その予定が長引いていて、なかなか動きだせない時に、兄貴夫婦と「もう長野に行った方が良い。」という判断で長野県へ引っ越しました。ペンションのスタートです。当時25歳の時でした。

働きながら抱いていた違和感

ペンションは7、8年やっていましたが、私が松本市の奈川の方と結婚することになったので、そのタイミングでペンションを出ることとなりました。
30歳過ぎの時です。
その後は、ゲレンデで食堂をやっていました。ゲレ食のキッチンです。
今まではペンションで一人前ずつ作っていたのが、どばっとオーダーが来て、それを捌くといった仕事に変わりました。
ですが、料理をずっとやっていたので、ゲレ食でも「ここはこだわりたい。」といったように所々で色を出していました。

その後の転機は、スキー場が食堂を閉鎖することになってしまったことです。
その時の想いは、「ずっと飲食やってきたし、夫婦でなにかやりたい。」といった想いでした。
それを形にするように、奈川でカフェを始めました。
松本市の施設を借りて、9年間やっていました。
カフェでは食堂や、お土産を扱っていましたが、その時抱いていた気持ちは、「ただ、お土産屋さんの横流しで売っていたのでは面白くない。」という気持ちでした。

うす焼きとの出会い

そんな違和感を抱いている中で、カフェに来たお客さんに、たまたま女房が作ったうす焼きを出しました。そのお客さんはうす焼きを食べて「珍しい!!」と言ったんです。
このシーンを見た時に直感的に「これだ。」と思いました。
色々な具材が入るし、家の畑も生かせる。豆や、リンゴを入れても面白い。おやつにもなる。
これがうす焼きを商売にしようと思ったきっかけです。

しかし、うす焼きを商売にしたいと地元の方に話すと、意外な反応が返ってきました。
「うす焼きを売るの!?」という反応です。
第三者の目から見ると、「地元食材を使った素朴な食べ物をもっと外に出したい。」という想いでしたが、地元の人は、その時にある物でうす焼きを作る認識しかありません。
ですが、私には地元食材をうまく使って、こだわりを詰めることで良いものが出来るのではないかという可能性をとても感じていました。

うす焼きの商品化

女房にうす焼きの作り方を聞くと、「みんな目分量で作っている。」との答えでした。その時家にあった食材を使うので、その時によって味が違ったりといったことが起きます。
本当に各家庭で味が違っていて、うす焼き自体に味付けをせず、味噌をつけて食べたり、砂糖醤油つけて食べたりという人もいます。
味にある程度の答えが無いものをレシピにするのは難しいので、女房が作っていた味を基本にしてレシピにしています。

レシピだけでなく、食材にもこだわっています。なるべく国産、長野県産、自分の畑の食材を使いたい。安心して食べることができる食材を使っています。
例えば、長野県産の小麦粉、中力粉なので、もっちりとした触感が楽しめる。
砂糖はキビ砂糖。卵は会田のたまご。お水は、松本の湧水を汲んできて使っています。
誰がつくったかがわかる食材を使いたいし、これは自分でも気になることで意識的にやっています。

「うす焼きっておせんべい?」

お店を始めての苦悩はうす焼きを知らない人が、うす焼きの文字を見た時に県外の人は見当もつかないことです。(笑)
「おせんべいかな?」と想像してお店に来るひともいますし。(笑)
名前を変えて販売することも違うなと感じていました。
「うす焼きってなんだろう。」とお店の前を通り過ぎてしまう人に、足を止めてもらって、食べてもらいたい。

食べてもらえれば美味しいと感じてもらう自信はあったのですが、食べてもらう第一歩を踏み出せずにいました。
今のお店は観光の人もいるし、地元の人もいるしといった客層ですが、外国から来た方に対してどう伝えるかは課題でした。
出た答えは松本のローカルのパンケーキ。これを表記してからは、観光客はローカルの物を食べたいと思って来ているのでお店に足を運んでくれるようになりました。
食べてもらうと、「美味しい!」と食べてくれます。

通販もやっていて冷凍発送もしています。
自然解凍をして、トーストで温めてもらえば美味しく食べることができます。
一口でも良いから食べてもらう。粉の美味しさ、豆の美味しさを味わってもらいたいと思っています。

うす焼きへの想い

このお店を通してうす焼きがどんどん広まっていけばと思っています。
うす焼きに馴染みがあるのは上の世代。近所のおばあちゃんがお店に来てくれて、懐かしんでいっています。
ある時に来た奥さんは、「よく母親が作ってくれた。今度作ってみようかな。」と言ってくれます。
うす焼きは栄養もあり、健康に良い子どものおやつにぴったりです。
上の世代に馴染みのあるうす焼きが、次の世代へ、また次の世代へと繋がってほしい。
そう願っています。

私がうす焼きにこだわる理由

自分で作ってもう10何年になりますが、す焼きを食べる度に「美味しい。」と思います。
自画自賛ではないですが、素直にそう思います。それが理由です。
閉店後にお店で残ったうす焼きを、嫁、娘がいる家族に持ち帰っても、同じ反応が返ってきます。
飽きない。それだけ自分が好きで、毎日食べても美味しいと思います。
季節を感じる食材を使用していて、身体にも良い。
こういったものをもっと食べてもらいたい。
それだけの想いです。

私のプライベート

休みの日はずっと家の畑です。
豆、じゃがいも、そばといったうす焼きに入れる食材を出来るだけ作っていきたいと思っているので、この時期はずっと畑です。(笑)

最後に一言

うす焼きは、季節によってさまざまな食材を使っていて、100以上の種類があります。
高原野菜の甘さや、美味しさは食べてもらえば分かると思うので、是非お店に足を運んでください!

 

「30才までに長野でコーヒー屋を開く!」|High-five COFFEE STAND 髙木 徹仁/髙木 尚美

High-five COFFEE STANDを営む二人は、異なるバックグランドを持つから面白い。

二つの視点が混じり合い、一つの空間が作られている。

二人の背景を、想いを知ることで、
もっとお店に行くのが面白くなるはず。
もっとコーヒーを飲むのが面白くなるはず。

500円の価値を最大化する|High-Five COFFEE STAND 髙木 尚美

コーヒースタンドに辿り着くまで

私は、茨城県のつくば市出身で、大学進学時に地元を離れ、神奈川県へ行きました。
大学は、美大を出ていて、卒業してから10年ぐらいずっと絵を描いていていました。
なので、デザインの仕事や、編集の仕事をしたり、自身の個展を開いたりしていました。
その10年ぐらいの間は飲食に携わったことはなかったです。

大学の時に、喫茶店でアルバイトをしていて、そこで主人と出会いました。
アルバイトの頃は自ら仕事として、飲食がやりたいといった気持ちはありませんでした。
仕事に関しても「絶対この仕事をやりたい」といった気持ちはなく、環境が面白ければどのような仕事でも好きにはなれると思っていました。

ただ、絵の制作活動をしながら、主人は「30歳になるまでに長野に帰って、絶対お店を始める!」と言い放っていたので、いずれは一緒にやるんだろうなとは思っていました。(笑)
結婚していなかったら長野へ来ていなかったと思います!(笑)

もともとコーヒー屋さんをやりたいと言っていたのは主人なので、そこに関して、そこまで私が「こうした方が良い!」と口を突っ込む気持ちはなかったのですが、二人で話していく内に「コーヒースタンドにしよう。」と話が進んでいって、同時に興味もよりわいてきました。

カフェをやるのではなくて、あえてコーヒースタンドというスタイルがすごく面白いと思っていて、そこにはこだわっていきました。

コーヒースタンドっていわゆるテイクアウトできるお店というのが大前提だとすれば、自分たちの作ったものが街に出ていく。
その絵を想像するとすごく魅力的に映りました。
お店の中で完結するのでは無く、私たちの商品が街で動くということが面白いと感じてましたね。

500円の価値を考える

もちろんコーヒーにはこだわっていますが、コーヒーは、お店を始めるまでそこまで詳しくありませんでした。ですが、お店を始めることになって勉強していく中で、知れば知るほど「コーヒーって面白いな」と感じていました。
焙煎や品種、精製とかで味が全然異なるという事が面白いと感じていて、それをお客様にも知って欲しいし、伝えたいという気持ちが強くて、オーダーの時話せるタイミングがあれば、いろいろ伝えていっています。
商品をただ出して、飲んでもらうのではなく、せっかく500円のコーヒーを飲むのであれば、なるべく多くの事を知ってほしいなと思っています。

長野の魅力

単純に外からみた長野県の第一印象は、昔ながらのお店や蔵造りが伝統的で素敵な街だなと思ったのと、つくばには山が一個ぐらいしかないので、自然が良いなと思いました。
観光に来た人もこのような感想を最初に持つと思うのですが、長野県に来てから二年ぐらいたって思うのは、個人でやっているお店が多くて、人の繋がりが超ディープなところが東京にいた頃は感じなかったことだと思います。
知り合いにその辺で会うことはありえないですからね。(笑)
ちょろっと歩いているだけでも知り合いに合う環境はすごく面白いですね。

また、松本には、コーヒー屋さんはすごい沢山あるのですが、よりいろいろなお店を回るのが楽しくなる為には、お客様にコーヒーの面白さを知ってもらうことが必要だと思います。
そういう意味では、個人では出来ないことをいろいろなお店と一緒にやることで、お客様に興味を持ってもらえればと思っています。
こうしなければならないという正解は無いのですが、お客様が自分の好みを知るという意味でもいろいろ飲んで深いところまで知ってほしいと思っています。

今後の自分

お店を初めてから、お店に専念していたこともあって絵を描く機会が少なくなっています。
もうちょっとちゃんとやりたいなと言う気持ちがあって、これから改めて絵の制作をスタートしたいと思っています。
今はお店のロゴ等を任せてもらったりといったことはありますが、
デザインよりも自分のテーマの中で制作をしていきたいと思います。

最後に一言

Have a GOOD COFFEE!!!
「もっと滑舌よく!!」(ご主人から)
Have a GOOD COFFEE!!!!!!!!!!!!笑

ミートパイから学んだおもてなし |High-Five COFFEE STAND 髙木 徹仁 #1

喫茶店のマスターになります!

出身は長野県塩尻市です。
大学進学を機に神奈川へ出て、2016年に長野県に戻ってきました。
高校卒業から飲食に携わっていて、関東近辺のチェーン店や、喫茶店などで働いていました。一回ラーメン屋を挟みましたが、、、。(笑)

17,18歳の時は、漠然と「喫茶店のマスターになるな」と思っていました。(笑)
きっかけは、今はもう無いのですが、高校生の時に良く足を運んでいた喫茶店です。
それまでファストフード店とかしか行ったことがなかったのですが、その喫茶店に行った時に初めて自分を一人のお客さんとして接してくれたことが嬉しくて通っていました。

それがある日お店に行ったら、道路拡張の為に閉店になったと張り紙があって、急にお店が閉まってしまいました。
通っていたお店が潰れてしまったことにすごく悲しんだ覚えがあります。
しばらくこの出来事から気持ちがふわふわしていたのですが、ちょうどその頃に進路相談の面談がありました。
担任から「お前どうするんだ。」と聞かれた時に、「喫茶店のマスターになります!」と気付いたら言っていました。(笑)

今のお店は、当時のスタイルとかは別に継いでないですけど、なんとなく良かったと思っていた店があったという事実を継いでいきたいと思って、漠然と「お店を開きたい。」と思っていました。

その喫茶店は、コーヒーも特別なこだわりは無かったかもしれないけど、学校さぼっている人とか、仕事の合間の人とかが入れ替わりお客さんとして来ていて、いつも誰かがいるお店でした。
サービスを受けたと自覚をしたのが、ナポリタンを注文して、食べ終わった後に、「ナポリタン少し少なかった気がするから、ミートパイ焼いたから食べて」と言われて、そんなサービスあるのかと。(笑)
機転というか、高校生の自分には少なかったのではないかと言う憶測で足してくれたのではないかと。
今までそんなことをされたことがなかったので。(笑)
ファストフード店ではある程度マニュアル通りのサービスしか提供されない中で、自分個人として気をつかってもらってミートパイを出してくれたことが嬉しくて、すごいおなか一杯だったのですが食べました。(笑)

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ナチョ・リブレの一コマ|High-Five COFFEE STAND 髙木 徹仁 #2

 

ナチョ・リブレの一コマ

もともとお店を夫婦でやろうとは決めていなかったです。
一人で出来るかなと思っていたら、一人で出来なかった。
デザインとか含めてですけど。(笑)

やっぱり二人でやっていると出来ることの幅が変わってきます。
実際に、お店の多くのデザインは妻が手掛けています。
僕の飲食目線から見たデザインと、単純にデザインの観点から見た妻のデザインとを組み合わせてやっています。
結局誰かに頼むとなると、その人に箔はつくけど、どうしてもその人のテイストが入ってしまう気がする。それよりも出来なくても絞り出してオリジナルとして形にすれば、誰ともかぶらないからという意味で基本的には自分たちでやっています。

様々な飲食店を経験したので、未知だったのは自家焙煎ぐらいです。(笑)
焙煎は趣味程度に、自宅でコンロを使ってやったりといった経験しかなかったのですが、どうせこうやって表現していくなら、豆を自分で作るべきだなと思って。
そこからすぐに焙煎機を買って、練習をして、コーヒーマイスターを持っている上司に意見を聞きながらオープン前まで試行錯誤をしていました。
オープン当初は、納得できるものに辿り着くまでに時間がかかりましたが、今は安定してイメージしたものが作れています。

お店をやっていく中で、「こだわる必要がないところにこだわる。」という想いがあります。
例えば、店名。すごく悩むところだと思うのですが、前提として意味の無い名前にしたくて。「高木コーヒー」でもよかったのですが。(笑)

意味なく覚えやすいアイコンとなる名前はないかなと探していました。
その中で「ナチョ・リブレ」というコメディーのプロレス映画を見ていて、タッグマッチの相方とジャックブラックが仲直りするときに、「Hifh five!」と言っていて、「なにこれ!」と。(笑)
で、調べたら「ハイタッチ」という意味で「これで良いじゃん!」って感じです。(笑)

面白いを追求する

地元の人がこのお店だけではなく、色々なお店を通って面白いと思ってもらうことで良い街になっていけば良いのではと思っています。
松本の面白いところは、駅を少し歩いていくと面白いお店が多くあるという事だと思っているので。

後々にいろんな考想を形にしていければと思うんですけど、もし、面白くないとお客様が思ってしまったら、きっと大きな資本が来て飲まれてしまうのではないかという思いもあります。
その中で、今のところ個人店ですけど、個人店としての立ち回りが出来て、周りのお店と連携を取りながら盛り上がっていければ良いと思っています。

そういったところでお店同士の横の繋がりも増えています。今取り組んでいるプロジェクトは、もともと「Film ABOUT COFFEE」というコーヒーのドキュメンタリー映画があり、それを共同で上映しないかということで関わりあったのがきっかけです。

それから今では、地方でもありますが、コーヒーフェスといって全国のロースターさんとかが集まるイベントがあり、そういったこともゆくゆくは松本で出来ないかなという想いがあります。こだわって焙煎をやられている方にお声掛けをしたり、されたりしてコミュニティーを作って、いろいろ出来たら楽しいと感じています。
お店の人目線でどうやってコーヒーをアプローチしていくかというところを考える仲間がちょっとずつ増えているかなというところですね。

夢はブルータス!!

これからのお店に関しては、松本に留まってこのお店だけを守り抜きたいという想いは少し違っていて、これからコーヒー屋をやっていく中で、例えば「この街にもあれば良いな」とか、「この街でコーヒー屋やるのかな」ということがイメージできれば、松本以外の場所にもお店を出していきたい将来的な想いもあります。
夢は中央線を繋げることですかね!(笑)

あと、コーヒー屋でブルータスに載りたいんです!(笑)
理由は、単純に好きな雑誌だから!(笑)
自分が読んでいる雑誌に載りたい!(笑)
ブルータス、ポパイ、、、、、。あと、全然違うけどジャンプに載りたい!(笑)
どんな関わりで載れるんだろう。
オリンピックとかでないと無理かな~、、。

最後に一言

「絶対に来てくれよな!!」
(悟空風)

葛藤を表現する場所|The Storyhouse Cafe クック クリス/クック 久美

子育て中に感じた想い

最初の出会いは、12年ぐらい前に、私が学生の頃にシアトルに留学に行っていた時です。
留学中に交際を始めましたが、私は1年間で留学を終え、日本に帰ってきました。
その後も遠距離で交際を続けていて、卒業後は、2年半ほど日本で就職をして、結婚を機にシアトルに行きました。シアトルでは3年ほど住んでいました。
その間に1人目の娘が生まれ、その時から子どもの育て方や仕事のやり方を考え始めました。
そこで思ったことは「働きながら家族の時間をもっと持ちたい。」ということでした。
夫は朝7時ぐらいに家を出て、18時ぐらいに帰ってくるサラリーマンをしていていました。そういった生活に私はずっと娘の成長を見ていますが、一緒に育てている感があまりなくて、せっかく日本の文化、アメリカの文化の両方を教えてあげられるのに「もったいないな」という想いがありました。
家族で過ごせる時間を持ちながら、私たちが出来ることは何かなと考えた時、その答えは自分たちでビジネスをすること。そして、考えた末行き着いたのが、”カフェ”をやることでした。

葛藤を表現する場所

文化的な違いがすごくあると思うのですが、子どもがいると今までの生活スタイルが変わってきて、日本だとレストランに行くにしても子どもがいると「騒いでしまったらどうしよう。」といったことを考えてしまいます。でも、アメリカでは、そういったことに寛容なところがあります。
アメリカでは、お店にキッズスペースがあったり、子どもの為の制度も充実しています。
日本での子育ての難しさや、生きづらさを感じて、そういった葛藤をお店で表現しています。
その取り組みの1つがお店でやっている「Story Time」です。
子ども為の読み聞かせを向こうでは図書館でやってくれていて、それがすごい良いなと感じていました。
英語や中国語、スペイン語など色々な言語の本を無料で読み聞かせてくれたり、歌であったり、様々なことをやってくれます。
そういったアメリカにはあるけど、日本ではまだ整っていないものが出来たら良いなという想いをカフェで表現することにしました。

子どもたちも一緒に家族で来ることができる場所作りが前提となっています。
また、そのような場所に英語をプラスした空間を作りたいと思っています。
今後、英語が子どもには必要だと思っていて、レッスンに通っている子は多いと思います。ただ、習うだけでなく、習ったことをお店で使う事や、実際に、「外国人はこういう風に会話するんだな」ということをここで知ってもらえればと思います。

働き方と生き方

夫が以前、会社で働いていた時は、この生活が「楽しくない。」と話していました。私はその発言に対して、「そんなに楽しくないなら、違う仕事をすれば?」とずっと言っていました。
違う会社で働くことも考えたのですが、結局は、会社の中で働くことが楽しくない。
であれば、「自分たちでビジネスをやりたい。」と思い、サラリーマンをやめる決断をしました。

なかなか仕事を辞めるという決断は難しいと思いますが、夫は、「仕事が大変だ。」「仕事がつまらない。」と思いながら仕事をやっている人も理解はできるけど、そういう人を見たら「違うことをやれば?」と思うというのはいつも言っています。
今は、変わってきたと思いますが、日本では社会的に転職のイメージがあまり良くないので、そういう面ではアメリカでは、仕事をしながら大学へ行く人も多くいますし、30代でも派遣みたいなところでいろんな仕事をしている人もいるので、働き方の選択肢はアメリカの方が多い印象は持ちました。

収入は不安定だし、不安もあります。
ただ、今は、会社にいるときの、「誰かの為に働いている。」といったストレスを感じずに働いています。
幸せの定義は人それぞれだと思いますが、今は家族の時間があり、ストレスを感じずに働いている。自分たちでやっている分、「これやりたい!」を実現できる環境はとても楽しいなと感じています。
失敗しても、成功しても全部自分に返ってきますが、、。(笑)

松本に住んだ理由

出身は横浜の方で、松本には縁もゆかりもありませんでした。
アメリカから日本に住む場所を変えるにあたって、いろいろ条件を付け全国で探していました。
松本には旅行で来たことがあったのですが、夫が山や、松本城が好きというのもありますし、私も子育てをするのにどういう環境が良いかと考えると自然が近くにあるのはすごくプラスに思えました。

あとは、街のサイズです。
2人でやっていくのにあまり大き過ぎず、かといって小さ過ぎずというところで長野県のどこで住もうかなと考え、松本に住むことに決めました。

プライベートでは

普段は、私と夫は英語で話しています。私と娘は80%日本語。夫と娘は英語で話しています。喋り始めた2歳~2歳半ぐらいの時には、日本語、英語の区別がつかなくて、両方を喋っていましたが、ある日パパに日本語で話しても伝わらないことに気づいて、そこからは人によって使い分けるようになりました。(笑)

大切にしていること

カフェはオープンして1年半経ちました。
大切にしていることは、自分たちもお客様も楽しめる空間を作ることです。
なので、山のパンフレットを置いたり、自分たちで改装を行ったので、DIYが好きな人に見てもらいたいと思ってますし、自分たちが好きな物をお客様に楽しんでもらいたいと思ってます。
DIYに関しては、もともと旅館だった物件を全部夫が作りました。(笑)
特別な大工経験は無かったのですが、基本的な床を張る、壁を作るといったことはできるので、次はカウンターを作ってとやっていったらお店が完成しました。(笑)
「こういう事が好きだよ」「こういうので楽しんでる」といったことをお客様に見せることで、お互い共鳴し合えれば出来たら良いなと思っています。

今後の展望

やりたいことはいっぱいあります!(笑)
2店舗目のお店をもったり、違う業態のバーをもったり!(笑)
2か月に1回ぐらいのペースで、お店にミュージシャンを呼んで音楽イベントをやっているのですが、狭いのでもっと広いライブにしたい!とか(笑)
やりたいことはいっぱいあって、常に「こういったことをやりたい」と考えることは、楽しいし、生きがいにもなってます。

最後に一言

誰でも楽しめる空間を作っているので、気軽に足を運んでいただいて、楽しみながらホームメイドの物を食べにきてください!!

抑えられない想い|陽氣茶房 Hara chan

抑えられない想い

出身は塩尻で、松本在住です。
このお店を始める前は、今あるお店の近くで何年か喫茶店をやっていました。
いろいろな事情で閉めることになってしまったのですが。
その時は、学生さんのたまり場として使ってもらっていて、そこそこ地域に根付いたお店だったと思います。結構親しまれていたかな。(笑)
毎日学生が寄っていくようなお店でした。14〜5年ぐらい前の話ですけど。

それから去年、今のお店を開きました。
本当は前の店を閉めてからまたやるつもりはなかったんですよ。
でも、なんとなく沸々と来るものが来てしまって自分の感情を抑えられなくなりました。(笑)
その中で、ずっと物件を探していたのですが、今は景気が良いので起業する人が多いんですよ。
だから、松本市中カフェ盛りで、、。(笑)
なので、物件もなかなか無かったんですけど、たまたまここの物件が空くという事で開店を決意しました。

自宅に近い空間作り

本当に偶然だったのですが、建物も古民家風だったので、流行りの古民家カフェの様なお店をイメージして始めました。
内装もとにかく手作り感を出したくてセルフリノベーションで、予算的に限られていたこともあり、全て自分で行いました。
完璧さを出してしまうと落ち着かないのではないかと考えていて、あえて不完全さを演出しました。

期間は三か月ぐらいかかりましたね。
未完の部分は何か所かあるのですが、それは徐々にやっていきます。
もともとは、築90年という物件なので、大々的にやらなければ耐久性の部分からも厳しかったので、床を全て張り替えたりと、床だけで1ヶ月ぐらいかかってしまいました。(笑)
今は、頑丈に作りましたので100人跳ねても大丈夫です。(笑)

とにかくゆっくりしていってもらいたいなという想いが強いです。
各机にコンセントを設置しておりますし、Wi-Fiも導入しています。
パソコンを持ち込みながら仕事して貰いたいというスタンスでやっています。
ゆっくりとくつろいでもらいたいです。(笑)
裏や、二階のスペースがまだ改装中ですが、完成次第ソファを置いたりと、より多様なニーズに答えられるようにしていく予定です。
喫茶店ですが、家にいるような感覚で過ごしてもらいたいと思っています。

私の好きなモノ

趣味は音楽、本、漫画です。(笑)
オールジャンルで聞きますが、特に洋楽好きです。店内BGMも自分の好きな曲を自分で聞くために流しています。(笑)BGMとしてではない!(笑)

通勤で好きな曲を聴く感覚で流しているんです。(笑)
ロックで言えば、ロバート・パーコー、ジョンマイルズ、マイケル・ブラント。めちゃめちゃビッグという訳ではないですけど、有名ではないけど曲は良いみたなのが好きなので。
少し前にあるミュージシャンの曲をかけていたら、お客様から「このタイミングでこの曲が聞けるとは思わなかった」といった話で盛り上がりました。(笑)
自分が好きなものに反応してくれるのは嬉しいですね。
漫画は前のお店の時に高校生が、寄贈してくれたものが半分ぐらいあって、そのノリで自分でも集め出した感じです。
最近のマンガも置いてあって山田可南の「私の彼は仕事が出来ない」なんか結構このフレーズが面白いですよね。(笑)女の人バリバリやる人だと、男の立場が無いみたいな。(笑)

最後に一言

松本は、大自然もあって環境も良く、交通の便もそこそこ悪くはない。そこでやっぱり喫茶店として街の一部になっていきたいと思っています。
家に居るような感覚で来ていただければ、嬉しいです!
是非、お待ちしています!

コミュニティーとしての役割|ちょこんと。 #2 店主A 工藤 美雪

漠然とした想いと、偶然の出会い

もともと地元は奈良で短大を卒業するまで、ずっと地元に住んでいたのですが、
就職のタイミングで「長野県に行きたい」と思ったんです(笑)
単身で来ちゃいました。(笑)理由は「何となく。」です!
でも、大阪の企業に通勤電車に揺られて何十年も私はこうやって過ごすのかと考えた時に、
私はちょっと違うなと思っていました。
あとは、部活で長野県に来ていたこともあって、友人が何人かいたのと、「信州って良いところだな。」と漠然と思ってはいました。
思い切って来ちゃいました。(笑)

その中で、もともと飲食店で働くようになったきっかけは、
当時、子育て中だった為に、時間の融通が利くといったところでした。
その時から「楽しいな。」と思いながら働いていて、私は夢とか大きなものではなく、人生の経験値として「いずれお店を持ちたい。」と漠然と考えるようになりました。
そしたら、働き始めて2,3年で調理師免許を取ってしまって。(笑)

当時の想いとしては、最初10年いろんなお店で働いて経験を積もうと思っていて、
あえて個人で経営している様々な形態のお店で働いていました。
その中で「私、自分でもできるな。」って思っちゃったんです。(笑)
自分でやった方が自分の理想とすることが出来るし、
「もっとこうしたいな。」という想いが出てきてしまった時期でした。

そう考えている時に、はしご横丁が空き店舗が多く、これから活性化しようという友人のプロジェクトがありました。
友人の「やれ!」という後押しがありましたが、いろいろ悩んだ結果、やりたい気持ちはあるけれど、「1人じゃな、、。」という想いもありました。
「だれか一緒にやる人いれば。」と思っていたところに、今、共同でやっている藤野さん(店主B)との運命的な出会いが!タイミングです!(笑)

ここが終着点とも持っていないですし、タイミングが合ってちょうど子供の手が離れて、
土日も働いて良いかなと思う時期だったので、「今やらないと後悔するかもしれない。」と思って、やってみちゃいました。(笑)
そこからは、開店までスムーズに進んで行きました。

実際、自分のお店を持ってみて、とても楽しいです。不安もあるし、大変なこともたくさんあるんですけど、自分たちで考えて実行したことがお客様の声としてダイレクトに返ってくるので、すごく身になりますね。
良いことも悪いことも全部返ってくるので。
それが良いこと、個人でやる良いことだと思います。
「これで良いんだ。」とか「ここはもっとこうした方が良い。」といったことを、
その時々で判断をして、行動へと移せることはマニュアルの厳しい店では出来ないことだと思うので、自分のお店を持てて良かったと思います。

コミュニティーとして機能させる

小さいお店なのでお客様との距離感が他のお店より近いんですけど、
せっかくここで出会ったのでそれがまた繋がっていけるような、アットホームな空間にしていきたいと思います。
ここで知り合って、友達になって、次一緒に来てくれたり、実際、ここで出会って結婚した人もいて!(笑)
若い人だけではなくて、おじさん同士も仲良くなって一緒に出掛けたりといった人もいます。
なので、ただごはんを食べにくる場所だけではなく、いろんな人が繋がるコミュニティーとして機能させたいと思っています。
1人にしてほしそうなお客様ももちろんいらっしゃるので、お客様を見ながらの判断ではありますが、気の合いそうなお客様同士であれば、繋げてあげたり、勝手に繋がっていくこともあります。
ここに来れば結婚出来るかもしれません。(笑)
そんな期待を抱いてきてくれても嬉しいです。(笑)

休みの日には

私はもともとカフェなどの飲食店に行くのがすごい好きで、時間があればカフェ巡りをしています。
時間があればぷらっと遠くまで行きます。

最後に一言

小さいお店ですけど、私が美味しいと思うものをいっぱい取り揃えて、おなか一杯になってもらえるように作っているので、
是非、ゆっくり遊びに来てください!!

出会いが夢を加速させた|ちょこんと。#1 店主A 工藤 美雪/ 店主B 藤野 沙紀

「いつかお店を持ちたい。」
二人が抱いていた、漠然とした想いは、
二人の運命の出会いによって、
叶えられた。
二人は、何を想い、何をお店で表現しているのか。

街の一部になる|想雲堂 渡辺 宏

 

ブックカフェが出来るまで

なんだろう、、、(笑)
もともと本が好きで、最初は、「お店に本が溢れていて、食事も出来るお店があったら良いな。」という想いでした。
松本にそういうお店がなかったので、、。
こういうお店をやっていれば、本好きが集まってくるし、本が好きじゃない人は来ないと思うし、、、(笑)
40歳ぐらいで仕事を辞めているのですが、その時にそろそろ仕事を辞め時と考えていたこともあって、
タイミングが重なった結果ですね。
前の会社で居場所がなくなったという話もありますね。(笑)

もともと地元は山梨で、前職の広告代理店で営業をしていました。当時から仕事関係で松本に関わりがありました。
甲府の人間なんだけど、松本は観光客も来るし、人口自体もそこそこあって中心市街地がまだ生きているのでこういうお店をやるのには良いかなと思いました。
甲府は割と空洞化しているので難しいなと、、(笑)
もともとお店が多くある街が好きで、街でお店をやりたいと考えていました。

ブックカフェが出来てから

お店は今年の6月で5年になりました。倉庫があって、お店の本の量は変わりません。倉庫の本を含めると、2万冊はあります。(笑)
もともとのコンセプトとしては、お店をやりながらインターネット販売しようという想いがありまして、
このお店だけでは心元ないんですね。(笑)
古本屋さんをやりたくて、ただ古本屋さんだけでは生きていけないという想いも同時にありました。(笑)
でも、喫茶店、バーと一緒だったら面白いかなと。居心地も良いし。人によっては、「ずっと居座ってダメじゃん。」って言う人もいるけど、そこまで人来ないからね、、(笑)
「注文してくつろいで言ってくれれば。」という想いだけです。

ただ、ワンドリンクはお願いしますね!(笑)
あと、気持ちとしては、ある程度の時間お店にいたら、また注文して!(笑)
まあ、しなくても文句言わないけど。(笑)

こういう店って経営が難しいんだよね。人がいないから。儲かっていそうな店も儲かっていないと思うよ。
そんな話は載せなくて良いけど。(笑)好きだからやっているっていうのがほとんどだよね。

街の一部になる

「街でお店をしたかった。」というのがあるので、松本を選びました。
いろんなお店で形成されていて、街が生きているから。その中で自分が何が出来るかという事です。
イベントに関しては、各店がいろんな試みをしていくことで街が面白くなるだろうなと。
365日イベントやれば面白いじゃん。(笑)
僕だけでは大きいことはできないけど、みんながやれば面白いかな。
商店街で何かやったって、内輪の人たちや、お店の仲間が来るだけなんだけど、その枠を超えていろんな人が参加するイベントをやりたいと思って、一箱古本市というイベントをやりました。
本が好きな人が一箱ずつ本をもってきて古本屋さんごっこをするという企画です。(笑)

街全体でやるって難しいんですよ。だから、自分たちが出来る範囲でやるしかない。
例えば、商店街で何かしようと考えた時に根回しが大変です。
そうすると自分のコネクション使ってなにかやっていって、そこで人の繋がりができればよいかなと思っています。

これからの展望

やれることをやるだけです。あとは自分が面白いなと思うことを信じてやるだけかなと思います。
こういうイベントごとはお客様との繋がりの中で出来ていくんだよね。
お客様に巻き込まれちゃうと言うか。例えば、「お店で音楽やりたいんだ!」という人がいたら話聞いて、やってもらえばよいし、「絵を展示したい!」とか、それは巻き込まれちゃえば良いんだよね。そして、本を作りたい人がいれば、「一緒にやろうか。」と言う話です。

店やっている人がすごい重要だと思うのが、やっぱり今ある仕事をしっかりやること。
イベントじゃないんだよ本当は。イベントは色づけと言うかそういうもの。イベントだけやってもしょうがないし、イベントがメインになってもしょうがない。イベントだけやってお店空いてないとか。(笑)
パターン的にはあるんだよ?そういう店だって。
売上が土日のイベントの割合が大きければ平日お店開いてもつまんないじゃん。(笑)それは本末転倒になってくる。

例えば、こういう店をもって、インターネット販売しましたと。
インターネット販売して、インターネットの売り上げめちゃめちゃ行きましたと。
そしたらこの店いらないじゃんという。でも、それじゃつまらない。
店やったら続けないと。営業時間は変わるかも知れないけど。
結局、店がないと街って成り立たないからさ。だから、街をつくっていくと言う意識が強いかもしれない。
自分の今の活動が街づくりになっている感覚で、そういうのがスタイル的に良いかなと。

最後に一言

コーヒーとアルコールを楽しみに来てください!
ウィスキーもオススメですよ!!